松浦哲也「耳の迷走神経を刺激すると、肺のアレルギー性炎症を抑えられる可能性が、マウス実験で示された」
耳介の感覚神経を介して肺のアレルギー性炎症を抑える仕組み
京都大学と米国マウントサイナイ医科大学などの研究グループが、耳介皮膚に分布する神経と肺のアレルギー性炎症をつなぐ仕組みを、マウスを用いた研究で明らかにしました。
迷走神経は、脳と内臓をつなぎ、心拍、呼吸、消化などの内臓機能に加えて、炎症や免疫反応の調節にも関わる神経です。
その迷走神経は、例外的に耳介の皮膚にも枝を伸ばしています。これを迷走神経耳介枝と呼びます。
しかし、耳介皮膚に分布する迷走神経耳介枝が、内臓の炎症や免疫反応にどのような影響を与えているのかは、これまで十分に分かっていませんでした。
耳介の神経を活性化すると肺の炎症反応が低下
今回の研究では、ハウスダストやカビなどに関連するアレルギー性炎症を再現するため、Alternaria alternataを用いたマウスの気道炎症モデルが使用されました。
研究グループは、耳介皮膚に分布する迷走神経耳介枝のTRPV1陽性感覚神経を、薬理学的、化学遺伝学的、光遺伝学的な手法によって活性化しました。
その結果、肺の2型炎症に関わる次の反応が低下しました。
・2型自然リンパ球
・好酸球
・2型サイトカイン反応
反対に、耳介のTRPV1陽性感覚神経の働きを抑制すると、肺の炎症は悪化しました。
これらの結果から、耳介皮膚への感覚入力が迷走神経を介して、離れた場所にある肺の免疫反応を調節する神経反射の存在が示されました。
炎症の抑制にはCGRPβが関与
今回確認された炎症抑制には、感覚神経から放出される神経ペプチドのCGRPβが必要であることも示されました。
CGRPβが働かない条件では、耳介の神経を活性化しても、肺の炎症を抑える効果が十分に現れませんでした。
耳介皮膚への刺激が単なる局所的な反応にとどまらず、神経ペプチドを含む神経免疫機構を介して、離れた臓器の免疫反応に影響する可能性が示されたことになります。
耳への刺激が内臓の免疫反応に影響する可能性
今回の研究で特に興味深いのは、耳介皮膚への感覚入力が神経を介して、肺という離れた臓器の免疫反応に影響する仕組みが示されたことです。
耳介の迷走神経耳介枝は、体の外側から刺激できる数少ない迷走神経の経路として注目されています。
今回の成果は、耳介への経皮的な神経刺激によって炎症を調節するバイオエレクトリック・メディスンを研究するうえでも、重要な基礎的知見になると考えられます。
耳介への刺激を臨床で行っている私たちにとっても、耳と全身との関係を考えるうえで、非常に興味深い研究成果です。
耳鍼の効果が証明された研究ではありません
ただし、今回確認されたのは、マウスを用いた基礎研究です。
一般的な耳鍼やASPニードルを使用した臨床研究ではありません。
また、単純に耳へ鍼を刺した研究でもなく、特定の神経を薬理学的、化学遺伝学的、光遺伝学的な手法によって選択的に活性化または抑制した実験です。
そのため、現時点で次のように解釈することはできません。
・耳鍼が人間の喘息に有効である
・耳鍼が肺の炎症を治療できる
・ASPニードルで同じ反応が起こる
・特定の耳介ポイントへの刺鍼で同様の効果が得られる
・耳鍼の臨床効果が科学的に証明された
今回の研究は、耳鍼の治療効果を直接証明したものではなく、耳介への感覚入力が神経を介して免疫や内臓に影響する可能性を示した基礎研究として捉えるのが適切です。
今後は、ヒトでも同様の神経免疫機構が働くのか、どのような刺激方法や刺激量が安全かつ有効なのか、慎重な検証が必要です。
松浦の見解
耳介の感覚神経を介して、離れた臓器である肺の免疫反応が調節される可能性が示されたことを、耳鍼療法を研究・実践する立場として大変興味深く感じています。
今回の研究を分かりやすく表現すると、次のようになります。
「耳介の感覚神経を介して、肺のアレルギー性炎症が抑制される仕組みがマウス実験で示された」
一方で、基礎研究の結果を、そのまま人間に対する臨床効果として語ることはできません。
今回の研究を「耳鍼の効果が証明された」と拡大解釈するのではなく、耳介刺激と全身反応の仕組みを解明する研究が、また一歩前進したものとして注目しています。
耳鍼療法についても、経験だけで効果を語るのではなく、安全性、再現性、科学的根拠を一つずつ積み重ねていくことが重要だと考えます。
今後、ヒトを対象とした研究によって、耳介への刺激と神経、免疫、内臓との関係がさらに明らかになることを期待しています。
研究情報
本研究成果は、2026年7月15日に国際学術誌「Immunity」にオンライン掲載されました。
京都大学による研究発表
耳介の神経が肺炎症に関わる仕組みを発見 迷走神経耳介枝を介した炎症調節
掲載論文
Activation of an Auricular Vagus Nerve Reflex Suppresses Airway Inflammation




コメント